広島ドラゴンフライズ #12 ダニエル・ディロン (Daniel Dillon)

広島ドラゴンフライズ
ダニエル・ディロン (Daniel Dillon)
193cm/91kg

アウトサイドを主戦場とする数少ない外国籍選手の一人。広島ドラゴンフライズに新加入した今シーズン、主にオンザコート「2」の時間に登場。平均18分、12得点、3アシスト、4リバウンドを記録。チームの中心選手としての活躍を見せた。

開幕戦での30得点を筆頭に、得点力のあるPG・SGとして存在感を見せたのは間違えない。リーグ戦では、36試合で2桁得点をマーク。B2西地区の2位を争う熊本との天王山ではチームを逆転勝利に導くブザービーターを沈めた。前日の試合では熊本に敗れており、連敗は許されない状況。起死回生の一発となった。
B1昇格プレーオフ対島根戦。5分ハーフの第3戦は、5分スターティングメンバーとして登場。4得点を挙げ、ディフェンスリバウンドでも奮闘するも、9-11で勝利を逃す。

入れ替え戦進出を賭けた群馬クレインサンダース戦では18得点、B1・B2入れ替え戦では劣勢の中で迎えた第2ピリオドから登場。ディフェンスリバウンドから自らレイアップに持ち込むプレーなどで得点を重ねた。4.0リバウンドは、チーム内で3番目。強靭なフィジカルと、跳躍力を活かしたディフェンスリバウンドはチームを支える礎となった。

※6月6日付のリリースにて、B.LEAGUE自由交渉選手リストに公示されている事が広島ドラゴンフライズからリリースされております。

<選手プロフィール>
#12 ダニエル・ディロン Daniel Dillon
1986年3月19日
オーストラリア/トリニダード・トバゴ、PG/SG。
193cm/91kg

【経歴】アリゾナ大―サウス・ドラゴンズ(オーストラリア、2008年)―サンドリンガム・サブレス
(オーストラリア、2009年-2010年)―スカイトランス・ケアンズ・タイパンズ(オーストラリア、201
0年)―ウェーバリー・ファルコンズ(オーストラリア、2011年)―メルボルン・タイガース(オース
トラリア、2011年-2012年)―ウェーバリー・ファルコンズ(オーストラリア、2012年)―CSMオラデ
ア(ルーマニア、2012年)―PGE トゥロー・ズゴジェレツ(ポーランド、2015年)

【賞歴・選出歴】
2005年 PAC10カンファレンス 優勝
2005年 NCAAトーナメントベスト8

<キャリア来歴>
※所属チームでのスタッツや、各種の報道より要約。
NCAA D1の名門であるアリゾナ大学で、名将ルート・オルソン(Lute Olson)の下でプレー。大学2年時には、ルート・オルソンをして「最も成長した選手」として評価されるとともに、チーム屈指のディフェンダーとして活躍。大学3年時には、チームメイト同士の投票で決定する「最もディフェンスに優れた選手」に選出。大学4年時にもチームのローテーションの一角として活躍した。

大学卒業後、NBAサマーリーグなどでプレーの後、故郷であるオーストラリアへ帰国。サウス・ドラゴンズ(SouthDragons)へ練習生としてチームの活動に加わり、オーストラリア国内リーグ優勝を経験。翌シーズン、NBLの次なるカテゴリーに位置するthe South East AustralianBasketball Leagueのサンドリンガム・サブレス( Sandringham Sabres)へ移籍し、翌年は再びNBLへ。スカイトランス・ケアンズ・タイパンズ(Cairns Taipans)と契約し、チーム史上初となるNBLグランドファイナルへ進出。惜しくもNew Zealand Breakersに敗れるものの、主力選手の一人としてチームの新しい歴史を築き上げた。

その後、オーストラリアビクトリア州のBIG Vリーグなどにも所属したのち、NBLのメルボルン・タイガース(Melbourne Tigers)へ。ここでは、NBAのロックアウトに伴って母国でプレーしていたパティ・ミルズ(Patty Mills)/サンアントニオ・スパーズ・オーストラリア代表選手)ともチームメイトとして過ごす。
ルーマニアのCSMオラデア(CSM Oradea)、ポーランドのトゥロー・ズゴジェレツ(PGETurów Zgorzelec)でプレーし、今シーズンより広島ドラゴンフライズと契約。欧州でプレー中は欧州全域の中堅リーグであるEURO CHALLENGEでもプレーした実績を持つ。

http://www.upset-emg.com/blog/2016/12/dion.php
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