埼玉ブロンコス #92新里 智将選手

埼玉ブロンコス
#92新里 智将選手

「今年で、プロ経験が5年目になります。(琉球ゴールデンキングス、島根スサノオマジック、福島ファイヤーボンズなどで競技経験もあり)高い基準をしっかりと持っているつもりです。(若い選手も多い今シーズンのブロンコスの中で)プロの基準を、後輩たちに伝えられればと思います。しっかりと取り組んでいきます」
(Broncos Off Beat !!! より)

右足舟状骨骨折で戦線離脱するも、1月上旬から復帰。20分近いプレイングタイムの中、堅実なプレーでチームを牽引。直近の試合で7勝1敗と好調な埼玉ブロンコスの中で、確かな存在感を見せている。レギュラーシーズン最終節、B3強豪との対戦が続くファイナルスステージでも活躍が期待される選手の一人である。
<選手プロフィール>
新里 智将(しんざと ともゆき)
1985年9月8日生まれ
183cm / 77Kg
興南高校ー名桜大学
背番号:92
愛称:クーニー
※出身地である沖縄県国頭郡国頭村から
◇競技歴
2007年、名桜大学在学時、地元の沖縄県よりbjリーグに参戦する琉球ゴールデンキングスに入団。その後、自身の今後のキャリアを考える中で、目標を再設定。他チームでの活動の場を求め、キングスを退団。同年のトライアウトで各チームからオファーは得るが、自らが設定した「プロ契約をする際の、自分の中での条件」には達せず、翌シーズンのプロ活動を見送る。
沖縄県内で働きながら、自主練習、国体チーム、クラブチームの試合などで競技力を高め、bjリーグの合同トライアウトや各チームトライアウトへの挑戦を続ける。様々なオファーや条件提示をいただく中が、自分の目標設定と照らして何年間か契約を見送ったのち、2013年に島根スサノオマジックと契約。
その後、福島ファイヤーボンズと契約。シーズン序盤こそプレイングタイムに恵まれなかったが、中盤以降にプレータイムを獲得した矢先に怪我をして戦列を離れ、リーグ終盤に再合流。東京サンレーヴス移籍後は、平均出場時間28分、トータル1381分と高橋幸大選手とともにチームの主力として活躍。

 
B3リーグ初年度は埼玉ブロンコスへ移籍。ファーストステージで、8ゲームでスタート、平均8得点、22.5分出場をしていたが、10月23日の八王子戦後に受診し、右足舟状骨骨折し、全治3か月。怪我からの復帰が期待される注目選手である。インタビュー動画内にある「高い基準」には、プロキャリアを掴むべく、悪戦苦闘をした日々、練習生からプロ契約を勝ち取った日々、bjリーグ優勝経験もある外国籍選手や、高い意識で練習に取り組んでいる先輩・後輩のプロ選手と切磋琢磨する中で学び、培ったものであり、プロアスリートとして精進する新里選手の信念の一つにもなっている。
背番号にある92は、前述の通りに出身地である沖縄県国頭郡国頭村に由来する。同地区は、沖縄県最北端に位置する人口5000人ほどの小さな町である。大学時代に教育実習などで地元の子供に触れた際、バスケットボール部の選手らが「那覇市(約30万人、県庁所在地)の中学校には、勝てない/勝てっこない」という言葉を発しているの聞いて「もったいない」と思った経験が大きく影響する。
思い込みや偏見で自らの可能性を制限してしまっている地元の子供たちは多い。自らのプロリーグでの活躍する事により、小さな町の出身でも、目標設定や、自分の考え方、行動次第で、全国の舞台で活躍できる事を立証し、地元に勇気や活力を与えられる存在になりたいという想いより。
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